カテゴリ:1998年( 3 )

ザルツブルグ音楽学校、英国王立音楽大学を卒業後、同大学院を修了。リサイタルにおけるオラトリオのスペシャリストとして知られる。ロスチャイルド家は音楽ときわめてかかわりが深く、ヨハン・シュトラウスと親交があり、メンデルスゾーン、ショパン、リスト、ロッシーニ、フランクなどのパトロンであった。1994年のロスチャイルド家を興したメイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの生誕250周年において、シャーロットは世界各国で、過去200年の間、ロスチャイルド家の友人、先生、家族であった作曲家による数々の曲を集めた「ファミリーコネクション」をテーマとした公演を行った。その他にも「花の歌」「旧約聖書の女性たち」「女性の運命」等をテーマとたコンサートを各地で行っている。また、マチルダ・ド・ロスチャイルドによる12曲をまとめた「花・ゆめ・ロマンス」のCDは1991年に東芝EMIから日本で発売され、チャートで1位を記録した。斎藤雅広の助言で日本歌曲を日本語で歌う活動を開始し、これが高い評価を得てCD化もされ大きな話題となった。その後日本でも長く活動した。
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by masanotomo | 2003-05-01 01:01 | 1998年
オーストリアのインスブルック生まれ。スキー競技の選手を目指していたが、音楽高校へ入学したのをきっかけに音楽の道を歩み始めた。インスブルック音楽院にてヴァルター・ケーファー教授に学んだ後、ウィーン音楽アカデミーにてペーター・シュミードル教授に師事し、最優秀の成績で卒業、オーストリア政府・学術芸術協会より名誉賞を受賞、“ユーゲント・ムジツィエルト”(若者の為のコンクール)で入賞。この頃よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとするウィーンにあるオーケストラに客演奏者として招かれるようになり、19歳でウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団首席奏者に就任、その5年後ウィーン放送交響楽団の首席奏者に就任し、1993年よりベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席奏者に就任した。また同管弦楽団のオーケストラ・アカデミーでインストラクターをしている。作陽大学客員教授で、日本、欧州、米国において定期的にマスタークラスを開催。ウィーン生まれならではのウィーン流の温かみのある柔らかな音色、奏法と、最強集団ベルリン・フィルの首席を務める圧倒的技量を兼ね備えている希有のプレイヤー。ソリストとしても多くのオーケストラと共演するほか、「ベルリン・フィルハーモニー木管8重奏団」など複数のアンサンブルのメンバーとしても活動している。
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by masanotomo | 2003-04-01 01:01 | 1998年
1952年にドイツに生れた。はじめはダルムジュタット工科大学で情報工学を専攻し、情報理論関係の職に8年間務めた。たまたま地元の演奏会に出席したのがきっかけで、1975年以降に声楽をマインツ、フランクフルトで学び、1984年から歌手として立つことを決意し、バッハの「マタイ受難曲」でエヴァンゲリストとして、また「美しき水車小屋の娘」でリートもデビュー。オペラではフランクフルト市立歌劇場で「エフゲニ・オネーギン」のレンスキー役で登場した。1987年にはアメリカ・デビューも果たしている。モーツァルト・オペラのさまざまな役柄をレパートリーとして、ウィーン、チューリヒ、ロンドン、ミュンヒェンなどで活躍するほか、オラトリオやリートにも積極的に取り組む。ドイツ・グラモフォンとも契約。特にリート歌手としては、最高峰の評価を得ていて、あのフィッシャー・ディースカウを継ぐ存在に位置された。マーラー/シェーンベルク、リーン編曲の「大地の歌」でも好演を聴かせていて、1993年9月にフランクフルト音楽祭で行われたツェンダー編曲による「冬の旅」の世界初演にも携わっている。
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by masanotomo | 2003-03-01 01:01 | 1998年