カテゴリ:1989年( 3 )

1918年ブレスラウ(現ポーランド)生まれ。はじめヴァイオリン、リコーダーを習うがフルートに転向。オーラウの市立管弦楽団を経て、1938年ピアニストのエリー・ナイの推薦によりザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の首席奏者、同アカデミーの教授となる。クレメンス・クラウスのアシスタントを務め、クラウスがバイエルン国立歌劇場管弦楽団の首席フルート奏者に迎える。レーデルは数々のオペラ、コンサートで演奏し、Rシュトラウス、カール・オルフ、ヴォルフ・フェラーリらと共演、親交を深める。1948年ジュネーヴ国際コンクールにて第2位。1953-73年バイエルン放送交響楽団(ミュンヘン)首席奏者。室内管弦楽団ミュンヘン・プロ・アルテを結成。バッハの「フーガの技法」が1955年にパリでディスク大賞に輝く。これまでに25以上もの交響楽団、そして室内管弦楽団を指揮し、世界各地で定期的に客演指揮者として招かれている。ドイツ連邦共和国大統領より連邦功労十字勲章勲一等を授与されたほか、フランスでも叙勲。音楽之友社からも「指揮のテクニック」が発売され好評を得ている。「ミュンヘン・プロ・アルテ」の指揮者として1950~60年頃まで数多くの公演や録音を行いファンを魅了したが、ミュンヘン・プロ・アルテ解散後、プラハにおいてチェコ・フィルハーモニー管弦楽団やプラハ放送交響楽団他、チェコの優れた音楽家を集めてプラハ・プロ・アルテ管弦楽団を組織し、コンサート、CD録音など多彩な活動を行っている。
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by masanotomo | 2001-05-01 01:01 | 1989年
ヤナーチェク弦楽四重奏団は、1947年ブルノー音楽院のチェルニー教授の室内楽科の学生4人によって創立され、1949年第1回公演で正式に「ヤナーチェク」の名称を得た。チェコ中央部モラヴィア地方の生んだ最大の作曲家レオーシュ・ヤナーチェクにちなんで与えたれたものである。結成以来、スメタナ・カルテットとともにチェコを代表する名四重奏団として全世界で活躍を続けてきており、自国の大作曲家ドヴォルザーク、スメタナ、また特にヤナーチェク作品においては比類ない独特の響きを持った演奏として高い評価を得、他の追随を許さないといわれている。機能性のみを重視しがちな現代の演奏風潮とは一線を画しており、まさに音楽本位の人間的な暖かさと明るさに満ちた名演奏を繰り広げている。日本には1962年の初来日以降、結成以来のメンバーは時を経て入れ替わったが、現在も結成以来のメンバーに指導を受け永年培われた伝統は完璧に継承され、現代屈指の名四重奏団として称賛を博している。現在のメンバーは、第1ヴァイオリン:ミロシュ・ヴァセク(Milos Vacek)、第2ヴァイオリン:ヴィテツラフ・ザ ヴァディリク(Vitezslav Zavadilik)、ヴィオラ:ラディスラフ・キセラーク(Ladislav Kyselak)、チェロ:ブレティスラフ・ヴィビーラル(Bretislav Vybiral)。 斎藤雅広は20年に渡る共演期間に第1ヴァイオリンのボフミル・スメイカル(Bohumil Smeikal)、イルジー・ノヴォトニー(Jiri Novotny)、第2ヴァイオリンのアドルフ・シコラ教授(Adolf Sykora)、ヴィオラのイルジ・クラトフヴィール(Jiri Kratochvil)の歴代メンバーとともに演奏し、その伝統を共に継承している。
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by masanotomo | 2001-04-01 01:01 | 1989年
全中国ヴァイオリンコンクール、カール・フレッシュ国際コンクール優勝、チャイコフスキーコンクール第2位、日本国際コンクール優勝、ロンドン・フィル青年の年間最優秀ソリストを受賞。幅広いレパートリーと曲芸的にも高められた超絶技巧で、全世界を席捲。現代のヴァイオリニストがほとんど演奏しない、過去の名演奏家のレパートリーの発掘にも尽くした。BBC放送やRCAでのレコーディングも行う。中国に生まれ、8歳からヴァイオリンをはじめ奨学金を得てイギリスへ。国際コンクールで賞を得てからもイギリスを中心に活躍し、ロンドン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団等々ほとんど全てのオーケストラと共演し、音楽祭への参加も積極的に行っていた。現在は王立音楽院の教授。
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by masanotomo | 2001-03-01 01:01 | 1989年