カテゴリ:1990年( 3 )

ハンガリー出身の世界的なバス歌手。名前の読み方はまちまちでラースロ、ポルガルともポルガーともいう。近年は益々その存在を大きくしている。ザルツブルク音楽祭でのモーツァルト『魔笛』のザラストロ、チューリヒでのモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』のレポレロ等が代表的なところだが、ハンブルグ、ウィーン、ベルリン、ロンドン、ブリュッセル、パリ、ロンドン、アムステルダム、ローザンヌ等、ヨーロッパ中の歌劇場で歌っており、ミュンヘン等でのヴェルディ『アイーダ』のエジプト王、プッチーニ『トゥーランドット』ティムール、『リゴレット』のスパラフチーレや、ワーグナー『パルシファル』のグルネマンツ、『トリスタンとイゾルデ』のマルケ王、『さまよえるオランダ人』のダーラント、ヴェルディ『ルイザ・ミラー』のヴァルター伯爵、ロッシーニ『セビリャの理髪師』のドン・バジリオ等々、守備範囲はかなり広い。共演した指揮者たちには、バレンボイム、バルトレッティ、ブーレーズ、シャイー、ドホナーニ、フィッシャー、アーノンクール、ムーティ、ケント・ナガノ、パタネ、プラッソン、ショルティ、スタインバーグ、ティーレマン、ウェルザー=メストなどが挙げられる。また特に注目すべき役柄として、バルトーク『青ひげ公の城』タイトル・ロールがあり、99年にはブーレーズ指揮によるものがグラミー賞を受賞している。その他のレコーディングで有名なものは、アーノンクール指揮による『フィデリオ』、アバド指揮による『フィエラブラス』などがある。
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by masanotomo | 2001-08-01 01:01 | 1990年
オルミュッツ(現チェコのオロモウツ)生まれ。父と祖父は共にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のソロ・クラリネット奏者として活躍した。ウィーン国立音楽大学でルドルフ・イェテル教授に学び、1964年優秀な成績で卒業、引き続きアルフレッド・ボスコフスキー教授に師事。65年、ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に入団し、1968年ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のソロ・クラリネット奏者に就任。2001年から05年までは、ウィーン・フィルのジェネラル・マネージャーをつとめ、06年からはウィーン国立歌劇場のドィアンという名誉職に就く。ソリストとして、ウィーン・フィルをはじめ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン室内管弦楽団、トーンキュンストラー管弦楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、デンマーク国立放送交響楽団や、優れた指揮者と共演。新ウィーン八重奏団、ウィーン・フィルハーモニー木管ゾリステン、ウィーン八重奏団など様々な室内楽団にも参加しており、その名を広く知られている名手である。日本には毎年のように訪れ、日本人にとってウィーンフィルでは最も馴染みある友人といえよう。1967年よりウィーン国立音楽大学のクラリネット科教授を務め、現ウィーン・フィルのソロ・クラリネット、オッテンザマーやベルリンフィル首席のフックス等、多くの優秀な弟子を輩出している。またPMFへ91年から毎年参加しており、99年に首席教授、07年からはPMF芸術主幹をつとめている。
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by masanotomo | 2001-07-01 01:01 | 1990年
新ブダペスト弦楽四重奏団は、ハンガリーの弦楽演奏の豊かな伝統の中から充分な恩恵を受けて、現在世界屈指の名四重奏団として活動をし続けている。1971年に結成され、’85年より現在のメンバーで活躍してきており、往年の世界的名四重奏団ハンガリー四重奏団に学んだ最後のカルテットであり、多くの国際音楽コンクールでも優勝を果たしている。ヨーロッパはもとより、ロシア、カナダ、アメリカ、アジアの主要都市に演奏旅行を果たし、’90年、’91年と2度の来日では絶賛を博した。久々にハンガリーより現れた世界一級のカルテットとして各国から称賛と注目を集めてきている。その堅実にて渋い滲み出るような音楽性は、人間の本質的な情感を呼び起こすものである。第一ヴァイオリンのキッシュは、ハンガリー国立交響楽団のコンサートマスター、ヴィオラのバルソニーは同団の首席の要職にもある。第一ヴァイオリン:アンドリャーシュ・キッシュ(Andras Kiss)、第二ヴァイオリン:フェレンチェ・バログ(Ferenc Balogh)、ヴィオラ:ラズロ・バルソニー(Laszlo Barsony)、チェロ:カーロイ・ボトバイ(Karoly Botvay)。
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by masanotomo | 2001-06-01 01:01 | 1990年